LV70クエ「紅蓮のリベレーター」クリア後 4.1突入前くらい
紅蓮秘話2話の続きを自機ヒカセンで勝手に書いたものです
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「……さて、追加の注文はどうしようかしら?」
メニューを手に取り、優雅に微笑んだヤ・シュトラの視線の先に、息を切らせてとたとたと駆けてくるララフェル族の娘。真紅の帽子とジャケットは、空と海に彩られたリムサ・ロミンサでは特に映えるだろう。それがこの目で見えないのはほんの少しばかり残念ではあるが、エーテルが与えてくれる視界でも十分だ。彼女の鮮やかさは陰りを知らない。
「――遅くなりました!」
声がすると同時に、待ち人のもとにたどり着いた彼女の帽子がふわり、と脱げた気配がした。小さな手が慌ててそれを捕まえる。柔らかなバターブロンドが潮風に揺れる。
人呼んで、エオルゼアの英雄。光の戦士、ニニシャ。それがこの娘の名だ。アラミゴを奪還し、その名がさらに光を帯びたことは記憶に新しい。もっとも、本人はそんなものには目もくれず、ほんの数日で、冒険者業を粛々とこなす日常に戻ってしまったようだが。この茶会に盛大に遅刻してきたのも、そのせいだ。
同席のアリゼーが唇を尖らせる。ニニシャの多忙さを知ってはいるものの、少々の不満があるらしい。何かを言おうとして、リセがそれを制する。
「気にしなくていいよ! ニニシャが忙しいのはいつもでしょ」
「ありがとうございます、リセ」
ニニシャの頬に安堵が浮かぶ。体質なのだろう、彼女の頬はいつもほんのりと赤らんでいるが、今は林檎のような色になっている。
「珍しく、息が上がっているようだけれど。そんなに忙しかったのかしら?」
ヤ・シュトラがそう語りかけると、ニニシャは脱げだ帽子をかぶり直して、首を横に振った。
「いえ。今日を、とても……とても楽しみにしていたので、急いで来ました」
頬を染めてはにかむ娘を、このカフェの客のほとんどはまさか救国の英雄とは思うまい。そして、彼女のそんな姿はテーブルを囲んでいた三人にとっても珍しく、それぞれが目を丸くしてニニシャを見つめた。
ほんの少し前まで、硝煙と血のにおいにまみれ、おぞましき蛮神と相対し、苛烈に戦場を駆け抜けていた。皆、その姿をありありと思い出せるし、戦う彼女の姿は見慣れたものだ。だが、年頃の――彼女は過去の記憶を失っているため、実年齢ははっきりしないようだが――娘らしい微笑みを、そういえばここにいる誰もが、さほど、よくは知らなかった。
「どうか、しましたか」
「うん……ニニシャ、本当によく笑うようになったなあって」
不思議そうに首をかしげたニニシャの問いに間髪入れずに答えたのはリセだ。
「黒衣森で出会った時から、すごく雰囲気が変わったよ」
ニニシャが冒険者として歩みだした場所は森の都グリダニアであり、駆け出しの頃の彼女のテリトリーは黒衣森であった。
彼女の類まれなき強さと、その身に秘めたハイデリンの加護――超える力。冒険者としてのニニシャを見初めたのは、まだ姉の名を名乗っていた頃のリセと、相棒のパパリモだ。
リセは懐かしそうに微笑んでいる。初めて出会ったときのことを思い出していると、簡単に想像がつく。
「……リセ。ずるいわよ」
「そうね。ずるいわね」
「ええっ、思ったことを言っただけなのに!?」
アリゼーとヤ・シュトラに立て続けに苦言を呈され、リセは目を白黒させる。なぜ「ずるい」と言われているのか、リセにはわかっていないのだろう。そして、三人の顔を見比べては瞬きを繰り返す我らが英雄も、同じ様子だ。
リセには、二人の知らない、歩みだしたばかりのニニシャとの思い出がある。それがどれだけ尊いものであるか、それを持っていることがどれだけ大きなことなのか、噛んで含めてやったほうが良いかもしれない。リセだけではなく、ニニシャ本人にも。
「ニニシャ。そんな所に立っていないで、早く席につきなさいな」
「そうよ、走ってきたみたいだし座って休んで」
「何食べる? どれも美味しいよ!」
促されて、ニニシャはひょい、と椅子に飛び乗った。体が小さく、椅子に届かないララフェル族ならではの動きだ。テーブルの上に並べられた菓子をしげしげと眺めてから、
「……では、これを」
彼女の赤い帽子を思わせる、ロランベリーがたっぷり乗せられたタルトをひと切れ。
一口頬張り、ゆっくり咀嚼して飲み込み、一つ息を吐いてから、おいしいです、と微笑む。
リセが笑い、アリゼーがそうでしょうと胸を張る。いつの間にか、ヤ・シュトラの頬にも、穏やかな笑みが浮かんでいた。
*
四人でのお茶会に、話題は尽きない。……というか、なんだかんだでアリゼーが最近のニニシャの冒険について質問攻めにし、ニニシャも嫌がらずそれに律儀に答えているため、話題がニニシャの活躍一辺倒になっている。
そんな中、あっ、と唐突にリセが声を上げた。
「そうだ! ニニシャは知ってる? アルフィノの憧れの人」
「……アルフィノの、あこがれの人?」
ちょっとリセ、やめなさいよ、とアリゼーがリセに食ってかかった。だって気になるんだもん、それはそうかもしれないけど。賑やかな二人の応酬が始まる。ニニシャはそれをじっと見ながら、はて、と首をかしげている。流石に、憧れの人、という一言だけでは、さしものニニシャにもそれが誰なのか絞り込むのは難しいだろう。
「さっきアリゼーから聞いたの。憧れの人がいて、お兄さんみたいな人で、その人とまた旅をしたい、そう言ってたって」
リセがそう言うと、ニニシャの表情にごく僅かな変化が見えた。それはニニシャのことをよく知らなければ気づけない、かすかなものだ。ましてや、彼女は普段から落ち着き払っており、あまり大きな表情の変化を見せない傾向にある。それでも、ヤ・シュトラは彼女が件の人物に思い至ったことを察した。
「ニニシャも知ってる人?」
リセがそう問うと、ニニシャはちらりとヤ・シュトラに視線をよこした。果たして言ってもいいのだろうか、そう悩んでいるのだろう。ヤ・シュトラはすっと目を逸らした。あなたに任せるわ、と。その意図はニニシャに伝わったようで、ニニシャはリセとアリゼーに向き直り「はい、知っています」と頷いた。リセとアリゼーの表情がみるみる変わっていく。
「知ってるんだ! ねえねえどんな人?」
「もう、リセ!」
興味津々を隠せないリセに、アリゼーは気恥ずかしそうに声を荒げる。一方のニニシャは「どんな……」とぽつり呟いたきり、黙り込んでしまう。思慮深い彼女のこと、なんと説明すれば良いのか迷っているのだろう。
期待に満ちた瞳のリセ、固唾を飲んで見守るアリゼーを傍目に、ヤ・シュトラは涼しい顔でティーカップを傾ける。
ニニシャがふと、手元のデザートに視線を落とした。コーヒーをゼラチンで固めて、甘いホイップクリームを乗せた、飾り気のないシンプルなデザート。
「……とても……」
「とても?」
いよいよリセとアリゼーが限界まで身を乗り出してくる。
「……強い、人です」
テーブルが静まり返る。周囲の客の賑やかな声も遠ざかったような錯覚を、ニニシャの言葉を聞いた三人ともが感じた。
アリゼーも、リセも、言うべき言葉が見つからない、といった顔をしている。ヤ・シュトラといえば、まあそれはそう、といった心持ちでマイペースにクッキーを口に運んでいる。しばしの空白ののち、アリゼーがおずおずと訪ねた。
「それ……だけ?」
「あ、いえ、それだけでは、ないですが……」
「ニニシャが強いって言う人かあ、想像できないや」
アリゼーとリセが、同時に席に着く。いくばくかの逡巡、その後アリゼーは意を決して声に出した。
「……あなたよりも強いの?」
不安と、少々の期待が入り混じった声色。アリゼーのこと、ニニシャよりも強い者がいるという可能性について、できればそうあってほしくないような、けれども彼女よりも強い人だというのならば兄が憧れるのももっともであるような、そんな思いでいるのだろう。
そんなアリゼーを、ニニシャの金色の瞳が真っ直ぐ射抜く。
「少なくとも、槍の腕はわたしより上です。……でも、そうではなくて」
ヤ・シュトラはその言葉に伏せていた顔を上げた。ニニシャがあの人物をどう評するのか、純粋に興味が沸いたのだ。言葉を探している様子のニニシャを、リセもアリゼーも真剣な眼差しで見つめている。
「……踏まれても、折られても、何度でも、立ち上がる。そういう強さの、人です」
空になったティーカップを皿に戻して、ヤ・シュトラは目を細めた。ぽつり、ぽつりと発されたニニシャの言葉は、決して強いそれではないにもかかわらず、アリゼーはすっかり圧倒されている。
しばしの後に、リセがうん、と頷いた。そうだね、強さって、そういうものだと思う。そう言って、にこりと笑う。
アリゼーが気を取り直して、大きく息を吸った。
「……あなたも……アルフィノと同じ?」
「同じ……?」
少しの間、言い淀んでから、
「あなたも、その人と……また旅をしたいと思う?」
アリゼーはニニシャに、そう問うた。
ニニシャは少し目を丸くすると、わずかに口角を上げて、
「はい」
と、一言だけ返した。
アリゼーの頬がじわじわと紅潮していく。
「……私が言ってたこと、アルフィノには内緒よ」
「はい」
「絶対だからね!」
「わかりました。絶対言いません」
約束です、と言ってニニシャが微笑んだ。
自然と、リセもアリゼーも、そしてヤ・シュトラも、お互いの顔を見合わせる。
ヤ・シュトラがニニシャの皿にクッキーを乗せる。するとそれに続いて、リセがティラミス仕立てのタルトを、アリゼーが先程運ばれてきたばかりの焼きたてのスコーンを、次々と乗せていく。
「あ、あの……」
ヤ・シュトラが席から立ち上がり、困惑した様子のニニシャのそばで膝をついた。ゆっくりと顔を近づけて、口元に人差し指を立てる。ニニシャの金の瞳が少しだけ揺れるのが感じられた。
「口止め料よ。あなた、ことアルフィノのことになると、口が軽くなりそうだもの」
彼女の耳元で、そうささやく。
「そう……ですか?」
「ええ」
「そうですか……気を、つけます……」
ニニシャがそう返事をするのを待って、ヤ・シュトラは優雅に頷いた。
エオルゼアに侵攻する帝国を退け、千年続いたイシュガルドの戦争を終結に導き、アラミゴの解放者となった娘。それが、たった一人のミコッテ族の女に至近距離で囁かれて、そのミステリアスな声色に少しだけ目を泳がせているのだ。満足気に表情がほころぶヤ・シュトラに対して、アリゼーは眉間に皺を寄せ、リセは頬を膨らませた。
「……ヤ・シュトラもずるいわ」
「うんうん、ずるいずるい」
「あら、褒め言葉として受け取っておくわね」
むう、とアリゼーがむくれる。ヤ・シュトラは皆に背を向けて、視界には映らない青空を見上げた。
言葉にするつもりはなかったのだが、口からぽつり、こぼれるものがあった。
当然よね、命を賭けて助けた人だもの。
「シュトラ、何か言った?」
「いえ、何も」
リセが不思議そうに首をひねる。
ニニシャはたっぷりのクリームをつけたスコーンを一口頬張って、おいしい、と笑う。
透き通るような蒼天を、一陣の風が吹き抜けていった。
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紅蓮秘話の2話を読んで続きが書きたくなって勝手に書きました。隙あらば自機のクソデカ感情を差し込もうとする……でもそもそも紅蓮秘話2話でアルフィノくんのクソデカ感情に触れてるので合法です(?)
読んでくださった方ありがとうございました!