LV66クエ「青き宿敵」のところ
ゴウセツさんとの二人旅の途中で、自分にとっての嬉しかったことを考える自機の話です
*
澄み渡った真っ青な空、どこまでも美しく広がる草原の鮮やかな緑。だが風は強く、陽射しは厳しい。そして、陽が落ちたと思うと風は強烈な寒風に変わる。明けの玉座にいても、地上に降りてきても、変わらない。
アジムステップの王者だと言うオロニル族の拠点に連行された光の戦士一行は、族長マグナイからとある指示を受けた。南方に居を構えるオロニル族の宿敵、ドタール族の偵察である。マグナイはリセとヒエンの身柄を預かり人質とし、ニニシャとゴウセツを南へ向かわせた。
兄たちの橋を渡り、湖に沿って南へ。少し遠回りになるが、玉座から垂れる天幕や、草原に影を落とす巨大な岩の外側を行く。これらはアジムステップに住み着く様々な野生動物たちの姿を視認するのに、実に邪魔だ。ここでの暮らしに慣れていれば、逆に利用して身を隠すこともできるだろうが、経験の浅い自分たちには難度が高い。ニニシャとゴウセツの考えは一致し、野生動物たちから丸見えになるリスクと同時に、見通しの良さを選択したのだった。
「見えたでござるな」
「はい」
南方遠くに見える灰色の大地、ナーマ砂漠。そしてその東端に立つ石像。確か、最初のアウラ族の女性と呼ばれる存在――暮れの母を象った石像であったはずだ。石像の傾き方を見るに、風化して土台が半分ほど砂に埋もれているようだ。あの高台から、ドタール族の拠点であるドタール・カーの位置を見定めることを二人は目指していた。遠目には風化の度合いが分かりづらく、かの石像が高台として充分に機能してくれることを祈りながら、二人は足を進める。
「しかし、あの族長。力は確かなものだが、女人に対する態度は如何なものかと見受けるでござる」
「……?」
ゴウセツの言葉の真意をはかりかね、ニニシャは首を捻った。
「目の前のおなごを自らの妻となる者と勝手に思い込んだかと思えば、すぐさまそれを否定するとは。驕傲も過ぎ、いっそ気の毒であることよ」
明けの玉座を発つ前、四人のうち誰を人質にし、誰を偵察に向かわせるかの選定を行う際のこと。マグナイはニニシャを前にして、自らのナーマ、つまり運命の女が目の前にいるニニシャなのではないかという主旨の発言をした。が、その舌の根も乾かぬうちに、やはりないな、と首を振ったのだ。
「わたしは特に、気にしていませんが」
マグナイが言うところによると、ニニシャは呪いの石像すら躊躇なく破壊しそうな女とのことだったが、実にその通りだ。ニニシャは自らの信念のためなら、たとえ呪いを受けようとも迷わずそうする。マグナイの戦士としての勘がそう思わせたそうだが、だとするとやはり彼は手練れの戦士であり、仲間に引き込んだならばこれほど有利なことはない、と感心したほどである。
「おぬしの代わりにリセが怒りに震えていたでござるよ」
「リセが?」
「おぬしがどうあれ、友人である女人をあのように悪し様に言われては当然でござろうな」
「そういう……ものですか」
ニニシャはゴウセツの口元に今まで見たことのない笑みが浮かんだのを見た。しばしその様子を見つめてから、遠く、もう届かない、懐かしい何かを思って浮かんだ笑みなのではないかと、そんなことを思った。
「なに、おぬしはおぬしの感じるまま生きるがよかろう」
「はい、そうします」
「しかし、女人として貶されて憤るわけでもなし、かといって褒められて喜ぶようにも見えん。おぬしにどのような褒め言葉を贈れば喜ぶのか、気にならないでもないでござる」
どんな言葉が喜ばしいか。改めて問われると、なかなかに難しい質問だ。ニニシャのこれまでの旅路には、喜びも悲しみも、楽しみも怒りも、数えきれないほどあった。冒険者として生きてきて、礼を言われて嬉しかった回数だって数え切れない。だが、ゴウセツの言葉を前に、ニニシャの脳の、言葉を司る部分は働くのをやめてしまった。
そんな話をしている場合ではないでござるな、とゴウセツが笑ってから歩き出すので、ニニシャもそれに従う。ただ、ニニシャはこの問いに早めに答えを見つけた方が良いと感じた。何が自分の喜びで、何が自分の悲しみなのか。それは決して見失ってはいけないことだと思ったからだ。
*
ドタール・カーの偵察――と言っても、彼らの文化に触れたことで偵察の意味はほぼ無かった結果と終わったのだが――を終え、一人のドタール族の若者を弔い、二人は明けの玉座への帰路へついた。灰色の砂漠を越えて、来た道を戻る。急ごしらえの外套をかぶり、夜明け前のアジムステップの寒さに耐えながら、着実に進む。
魂は輝けば必ず戻ってくる、だからドタールは死を恐れない。
その価値観は、今のニニシャが理解するには難解すぎた。それでも、死した若者を見送るゴウセツの言葉に助けられた。幕を引くはここぞと知り、心血を燃やし尽くせるは、まこと命の本懐、と彼は言い、ニニシャはその背を強く、美しく、どこか儚いと感じた。そして、帰路を征くニニシャは、たしかにこう思った。
心を、魂を燃やして生きぬいたその先で、喜びを噛み締めたい。
欲張りな話だ。すべてを燃やし尽くして死することを至上の喜び、あるいは誉れと考える人々の中で、自分は燃え尽きてでも生きていたいなど。ゴウセツに問いかけられた瞬間から湧いては消える、これまでの旅の記憶。それをニニシャは、何度も何度も思い出していたい。
歩いているうちに夜明けのときを迎えた。光を帯びて、みるみる明るくなっていく大草原。太陽の光を受けて燃え上がるような雲の赤。初めてアジムステップに足を踏み入れたときから、ニニシャはこの色が好きだった。
遠くに見える背の高い植物の魔物、ステップドールが太陽に照らされて赤に染まったのを見た瞬間、ニニシャは思い出した。山岳の雪国。強い悲嘆の中にありながら、それでも前に進み続けていたとき。唯一無二の友を喪い、それでも多くの大切な人に支えられ、助けられながら、大事なものを護るための戦いに出ようとしたその時のことを。
「……ゴウセツ」
「む、いかがした?」
「どんなことを言われたら嬉しいのか、考えていました」
「なんと、先刻の問いの答えをずっと探しておったのか?」
「気にしないでください。わたし自身のためなので」
ゴウセツの困惑ぶりもさもありなん、まさかこれほどまでに長い間考えているとは思うまい。刀を抜くとぐわりと釣り上がる眉が、下がって八の字になっている。ニニシャはそんな様子のゴウセツに多少申し訳ないと思いはしたが、あくまでこれは自分のため。
答えを言葉にのせて、ゴウセツに聞かせるのも自分のためにすることだ。
「ともに戦いに赴けることを、誇りに思う。わたしは、そう言われたとき、とても嬉しかった」
真紅に染まってしまった鎧兜を脱いで、どこかに行ってしまった人が、あのとき確かにそう言った。 あの時は言われるがまま頷くだけだったけれど、今ならわかる。ともに戦う仲間が、友が、自分の存在が誇らしいと言ってくれる、その喜びを。
「なるほど、ニニシャ殿は、骨の髄まで誇り高き戦士でござるな」
そう言って、ゴウセツが豪快に笑った。巨体が震える。ゴウセツの勢いに、初対面の頃はすっかり呑まれて目をぱちくりとしていたものだが、今のニニシャは押されることなく、笑みを返すことができた。
「あなたやユウギリに比べたら、まだまだです」
そう言って微笑むニニシャを、真っ赤な朝焼けが照らした。
その頬が、金色の瞳が、陽の光に混じってきらめくのを見たゴウセツが、マグナイに対してやはり女人を見る目がない、と思ったことは、ニニシャの預かり知らぬ話である。
*
プレイヤーは魔大陸突入前のニャンさんの台詞にたいそう感激したものですが、自機は情緒が育ってないのでかなり後になって気付くんだろうな~って思って書きました。
戦う人で、なおかつ国や組織のトップに立つ人ではなく、トップを横から支える人であるゴウセツさんの言葉でなら気付けるのかなあと思って、こんな感じになりました。
あと余輩に対して「は!?自機は慈愛にあふれ可憐で控えめ儚い朝焼けの雲がごとき乙女ですけど!?」ってキレたのでそれも書きました。
読んでくださった方ありがとうございます!