LV55クエ「邪竜狩り」のところ
ドラゴンズエアリーが開いたタイミングの話です
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外から吹き込んでくる強風が和らぎ、代わりにスチームの噴出する音が響き渡った。イシュガルドの街で起こる、あらゆる音を耳でとらえる。目を閉じて、ゆっくりと呼吸し、冷たい空気を胸に入れてしっかりと感じ取る。胸の奥で、明確な言葉で未来を描く。
必ずニーズヘッグを退け、皇都を邪竜の脅威から護り抜く。
ゆっくりと目を開けると、白い翼を携えた新型飛空艇が視界に映る。試作の段階では真っ白だった機体には青の塗装がされ、座席には真っ赤な布が張られている。シドらしい、ガーロンド・アイアンワークスらしい機体の姿は、ニニシャの心に勇気を与えてくれる。
マナカッターは最終調整が完了し、いつでも飛び立てる。いざ決戦へ、とマナカッターに乗り込もうとしたそのとき、スカイスチール機工房の扉から弾丸のような勢いで飛び出してきたステファニヴィアンにニニシャは呼び止められた。俺も力を貸したい、少し時間をくれ。あまりの勢いにぽかんと口を半開きにしたニニシャの様子を気にもせず、ステファニヴィアンはニニシャの銃とタレットを取り上げた。そして機工房総出で整備を始めたのだ。丁寧に手入れをしていたつもりだが、ドラヴァニア雲海までの旅路や、ザナラーンとの往復で思った以上に負担がかかっていたらしい。当たり前だが、整備ではステファニヴィアンの腕には到底敵わない。銃後を守る人の多さに感謝しつつ、機工士としてもっと整備の腕も上げないといけないと、ニニシャは気持ちを新たにした。
それから、隣で壁にもたれて出立を待つ、漆黒の鎧の竜騎士を振り返る。
「待たせてすみません」
「構わんさ。むしろ有り難いくらいだ。火力はどれだけあっても足りん」
咄嗟に出撃を止められたとて、エスティニアンがその程度でびくともしないことは知っていた。ただ、自分の都合で予定を狂わせたことには違いない。義理は通しておくべきだと思い、一言謝罪を伝えた。火力はどれだけあっても足りない、実にその通りだ。かつて皇都がドラゴン族の群れに襲われ、そこに暁として加勢したときに、圧倒的な力に押しつぶされていく神殿騎士や冒険者たちの姿が蘇る。
二度と同じことを起こさないために、今、自分たちは飛び立つのだ。たとえ共に旅をし、竜との融和を唱え、真実に絶望した仲間をさらに傷つけるとしても――それでも、ほかに道はない。
「お前、銃はいつから使っているんだ?」
思考に沈みかけた心を、頭上から降ってきた声が引き上げた。いけない、とニニシャは首を軽く振る。戦場での迷いは簡単に死に繋がる。
先程から、引き上げてもらってばかりだ。
聖竜フレースヴェルグとの対話が失敗に終わったからには、皇都を護るためにニーズヘッグを討ち倒し、眷属を大人しくさせる。最初からその覚悟は決まっていたし、今もその通りに道を選んでいるつもりだ。が、意識の外側から自分を揺るがす何かがあった。
それを隠し通せるわけもない。彼は言った、自分を『相棒』と。『選りすぐりの戦士』と。その言葉は、覚悟を覆ってしまいそうな霧を晴らしてくれた。
「イシュガルドに入国したときからです。ここにお世話になって」
「俺は機械のことはよくわからんが、短期間でそこまで使いこなせるものなのか」
「……わたしにも、わかりません。弓をしまって、たまたま銃に触れたときに、これなら使えるという、直感があったというか……」
イシュガルドの街に慣れようと散歩の途中でスカイスチール機工房を訪れ、銃を手に取ったとき、何か懐かしいような感覚が確かにあった。銃もタレットも、教わらずとも基本的な使い方はすぐにわかったし、具体的に使い方を教わってからは実戦投入までにさほど時間はかからなかった。記憶の壁に隔たれた向こう側に、もしかしたら銃に触れた経験があるのかもしれない。
この武器ならもっと戦えるかもしれない。その思いは、初めてクルザス西部高地を訪れ、ファルコンネストを荒らそうとしていた狼を撃ち抜いたとき、確信に変わった。以来、ニニシャは銃を使い続けている。おそらくこれからも、使い続けるだろう。
「弓をしまった?」
「イシュガルドに来た時は指名手配されていたので……少しでも特徴を変えようと思いました」
「成る程。お前らしい」
ナナモ女王の生存が判明し、ニニシャが女王を毒殺したというエオルゼア三国に広げられた噂は、ようやく否定することができた。まだ暫く三国を歩くには警戒が必要だろうが、いずれは自分の無実も広められていくだろう。タタルに聞く所によると、三国盟主や冒険者ギルドのマスターたちが、熱心に情報を広めてくれているらしい。落ち着いたら、武器の扱いを教えてくれた師たちにも挨拶をしに行かなければ。
そう思ったときに最初に思い浮かんだ顔は、弓の師たちではなく、クルザスの白い雪の中で立つ、槍の師のものだった。
「……槍を持つことも考えたのですが、師範たちに類が及ぶ可能性を考えてやめました。特に、アルベリク師には何が起こるかわからないと思ったので」
そう言ってから、顔を上げて兄弟子を見る。
「……あなたにも」
僅かばかり、驚いた様子が見えた。ニニシャの考えはエスティニアンにとっては余計な世話に違いないだろう。それでも、ニニシャにかけられた嫌疑によって、イシュガルドの最前線に立つ兄弟子に迷惑がかかることだけは、あってはならなかった。
そんなことがあれば、あの優しい師がどんな悲しい顔をするかわかったものではない。
「そうか」
「はい」
小さな呟きに頷くと、やにわに機工房の方が騒がしくなり、これまた弾丸のようにステファニヴィアンが飛び出してきた。すっかり見違えるようになった愛銃の手触りをニニシャは確かめる。機工房の面々に感謝を述べると、いよいよマナカッターの前に進み出た。冷たい風が殺意のように鋭く差し込んでくる。それでも、心はびくともしなかった。
「……行くぞ。相棒」
「はい」
遠くドラヴァニア雲海、竜の巣へふたつの機体が飛び去っていくのを、ガーロンド・アイアンワークス、スカイスチール機工房に所属するそれぞれが見送る。機影が消えるまで、誰一人として去る者はいなかった。
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「お尋ね者になって武器を変えようと思ったとき、グリダニアのイウェイン先生はもちろん、アルベリク先生やニャンさんに類が及ぶのを忌避して槍を選ばなかった」っていう話を書きたかったのですが、書いてみたら「立場上、友に弓を引く選択しか選べないメリクさん」「弓を銃に持ち替えて、メリクさんの代わりにニャンさんを救う道を選んだ自機」という文脈が生まれて一人でもんどり打つ羽目になりました。
タイトルは蒼天~紅蓮4.0のミラプリに使ってた銃です。抜いた時の可動ギミックがあまりにかっこよくて、暁月に入るくらいまでずっと、可動ギミック付きの銃でないと満足できないヒカセンでした。
読んでくださった方ありがとうございます!