LV54クエ「それぞれの想い」のところ
キャンプのカットシーンの後、ヒカセンがそれぞれとタイマンでおしゃべりする三本立てです
*
【Ⅰ】金の瞳、千の花
「……まだ、交代の時間には早いぞ」
のそりと身を起こしたニニシャの耳に声が届いた。雲海の夜はことさら冷えるし、彼女の声もその異名の如く涼やかだ。それでも、その声はあたたかい。
もう少し眠っているつもりだったが、目が覚めてしまった。寝直す気分にもならず、静かに立ち上がる。隣で安らかに眠っているモグタンを起こさないように静かに歩き、金色の花のたもとに立つ。
「あなたは、その花が好きなんだな」
イゼルがこちらを見ていた。ニニシャは言われていることの意味が飲み込めないまま、彼女の様子をぼんやりと見つめる。ふふ、と小さな笑い声が聞こえる。
「そんなに目を丸くするくらい自覚がなかったのか? アサー天空廊を越えてから、隙あらばその花を見つめていたぞ」
「……それほどですか」
言われてみれば、そうかもしれない。
ドラゴン族が自由に闊歩し、空気も薄い。
そして、かつて槍を学ぶ道の途中で竜の眼に力を与えられ、二人目の『蒼の竜騎士』となったニニシャ――根無し草の冒険者なので、その事実を知る人は少ないが――には、わずかながらも、遠くからニーズヘッグがこちらをぎょろりと覗き込んでいるような感覚が常にあった。かの邪竜が愛したというティオマンを殺してしまったのだから無理もない。そして、愛するものを奪われた邪竜の怒りに触れたことで、自らの銃が鈍らないように心を平常に保つ。
花に癒しを求めるのも当然かもしれない、とニニシャは他人事のように考えて、それから改めてその花をじっくりと見た。宵闇の中でやわらかに放たれる光に、確かに心がほぐれていくのを感じた。
イゼルがニニシャの隣に歩み寄る。ニニシャの頭ひとつ分くらいは背が高い花を、イゼルは見下ろしている。上から見たら、その花はどんな風に咲いているのだろう。
「これを言うのはまだ早いかもしれないが……あなたがいて、助かった」
そんなことを考えていたら、突然イゼルがそんなことを言うので、ニニシャはまた呆けた顔をしてしまった。
「私は自分の正義を信じている。信じているが……だからこそ、その……あの竜騎士と争ってしまう。アルフィノが仲裁してくれるのもありがたいが、何も言わず見ていてくれるあなたの様子に気付くと、冷静になれるんだ。だから……助かっている」
「わたしは……言葉が、苦手なだけです」
「言葉が苦手?」
「心の中で思ったことが、すぐには、言葉にならなくて……そうしているうちに、誰かが、言葉にしてくれる。その状況に、甘えているだけなんです」
ぽつり、ぽつりと、言葉を紡ぐ。弁の立つアルフィノと比べると、なんと拙いことか。人は誰しも得手不得手があるもの、自分は自分にできることに集中しようと思って過ごしてきたし、それを誤りではないと思う。それでも、できることを増やした方が、何かと有利なのは間違いない。
その考えを読み取ったかのように、これは興味本位なのだが、とイゼルが語りかけた。
「あなたは、もし竜と人との融和が成ったら……どんなことがしたい?」
竜と人との融和が成ったら。
もし聖竜との対話がうまく行ったならば、人と竜が憎しみ合わずに共存できる世界ができるかもしれない。無論、そこにたどり着くまでの道は果てしなく遠く、その間にも様々な犠牲が出るだろう。簡単な道ではない。
ニニシャはイシュガルドという国を、そこに住む人々を、そして受け入れてくれた恩人たちを護りたい、その一心で駆け抜けてきた。だから、イゼルが望む竜と人との融和が成った世界のことを想像したことなどなかった。竜と人が手を取り合う世界では、どんなことが起こるのだろう。家の屋根に鳥が止まるように、教皇庁の屋根で竜が翼を休めたりするのだろうか。……あまり、いい顔をしない国民が多そうだ。特に、上層に住む貴族たちなど。
考え込むニニシャの姿を、イゼルは穏やかな表情で見つめている。じっくりとニニシャの返答を待つ構えのようだが、あまり待たせてしまっては、見張りの交代の時間が過ぎかねない。ニニシャは瞳を閉じて、思い描いた。曖昧でもいい、穏やかな世界を。
そして、ゆっくりと目を開ける。
「この花を……育てたいです」
そして、目の前の花を見上げてそう言った。光の『戦士』と呼ばれる姿からは意外だったのか、イゼルは少しばかり驚いた様子だ。
「この花は、空気の薄いこの土地でしか、咲かないのだと思います。それを、イシュガルドでも咲くように品種改良できたら……あるいは、同じ花でなくとも、同じ色の花を育てて、その花畑を作れば……イシュガルドの人々も、イシュガルドを訪れる竜たちも、心が和むかもしれません」
そして、イゼルの顔をまっすぐ見つめて続ける。
「竜たちだけでなく……雲海のモーグリたちも……もしかしたら黒衣森のモーグリたちも、遊びに来てくれるかもしれませんし」
言うなりイゼルの頬が真っ赤に染まった。モグモグホームでモーグリに魅了されているところをニニシャに見られて、慌てふためいていた姿を思い出す。誰もが敬愛する幻術皇に雑事を押し付けた雲海のモーグリの王には思うところがないでもないが、モーグリが愛らしいのは事実だ。どうしてあの時彼女があんなに慌てていたのかよくわからない。今も、彼女を笑顔にしたくて言ったはずなのに、彼女はまるで怒ったような顔になっている。
「ま、ま、また、あなたという人は……あなたもそうやって人をからかうのか!? 趣味が悪いぞ……!」
「そんなつもりは……モーグリがいたら、あなたが喜ぶかなと、思ったのですが……」
それきり言うべき言葉がわからなくなり、ニニシャは不思議そうな顔のままうつむいた。小声でやりとりしていたとは言え、眠っている周囲や、息を潜めるドラゴンたちに悪い影響を与えていないか、イゼルは口に手を当てて周囲を探った。問題ないとわかると、ほっと胸を撫で下ろす。
お互い気持ちを落ち着けると、イゼルの方から先に口を開いた。
「……それはきっと、美しい花畑になるだろうな。百も千も咲いているところが見られたら、さぞ壮観なことだろう」
「簡単には、いかないとは思いますが……」
イゼルは揺れる花びらにそっと触れると、こう言った。
「その花畑のある公園には、あなたの名前をつければいい。この花の色は、あなたの瞳と同じ色なのだから」
「それは、恥ずかしいので……遠慮したいです」
いつか、彼女の名がついた公園がイシュガルドに作られることを、ニニシャはまだ知らない。
【Ⅱ】道標
星がきらめいている。
昔、何かの本で「空に手が届きそうだ」という文章を見た気がするが、どんなに高いところに登っても、ニニシャは一度もそう思ったことがない。初めて飛空艇で空を駆けたときも、アドネール占星台の天辺まで登ったときも、グランドカンパニーから支給されたチョコボ――名をチャチャと言う――が空を飛ぶことができるようになったときも。ずっと、星は遠い。
あるいは、今一緒に旅をしている人々。エレゼン族ならば、その背の高さからそんな感情を抱くことがあるのだろうか。もっとも、そのうち一人は成長途中の少年だが。
それとも、焚き火の近くで安らかに眠るモーグリならば、空を自由に飛び回り、そう思うこともあるのだろうか。
そんな詮無いことを考えて空を見上げていたら、隣で丸くなって眠っていた少年がむくりと起き上がった。
「まだ夜明けは先ですよ」
「ああ……目が覚めてしまったようだ」
覗き込んだアルフィノの顔には疲労が色濃く滲んでいる。ここまでの過酷な旅の疲れが一気に出たのだろう。仮眠を取ろうと言い出して真っ先に横になった瞬間、一気に顔が青くなったアルフィノを、熟睡しているモグタン以外の全員が激しく案じたのを思い出す。
聖竜との邂逅を前に、キャンプの時間が取れたのは幸運だと思う。
「もう少し休んでください」
「そうするよ。けれど……少しだけ、話してもいいかい?」
「はい」
ニニシャは頷くと、アルフィノのすぐ隣に座り込む。少しの間、語らった方が彼が楽になるのであれば、断る理由などない。言葉足らずな自分は、語り合いの相手には不向きだとは思うが。
「こんな星空を見るたびに思い出すんだ。あの日のウルダハ……祝賀会の夜も、こんな風に晴れていた」
「……そうだったかもしれません」
確かにあの夜、雨風に襲われるような悪天候ではなかった。が、空の様子までは思い出せない。砂漠の夜の空気が肌を刺して冷たかったのは、かろうじて覚えている。
……ナナモ女王に謁見するときに着ていたドレスは直っただろうか。知り合いの冒険者をつてに裁縫師ギルドに修繕を依頼していたが、その後の進捗の連絡はまだない。
嫌な記憶が蘇ってニニシャは眉をわずかばかりしかめ、軽く唇を噛んだ。暗器を所持していないか確認すると言いながら、下卑た顔でドレスを破いたクリスタルブレイブの男たち。あの場でイルベルドが部下たちを制止していなければ、被害はドレスだけでは済まなかっただろう。
「……君に、聞きたいんだ。あの頃の……クリスタルブレイブを結成した頃、いや、もっと前から……君は私をどう見ていた?」
「……どう見ていたか、ですか?」
「厳しくても構わない。君の率直な意見を聞かせてほしい。これからも、前を向いて歩き続けるために」
顔色にこそ疲れが見えるが、アルフィノの表情に自嘲の色はない。本心から自分の素直な感想を求めているのだとわかった。目を閉じて、英雄の名と暁が堕ちたあの夜や、それ以前の彼との交流を思い出す。
脳裏に浮かんだのは、ザナラーンの小さな教会だった。
「あなたはわたしの命の恩人です。わたしの目には……あなたが愚かな人には見えません」
顔を見ていないにもかかわらず、アルフィノが思い切り面食らったのがニニシャには感じ取れた。よほど厳しいことを言われると思っていたのだろうか。あるいは、言われたかったのかもしれない。イシュガルドに来てからずっとアルフィノに感じていた違和感。たった今、彼はどうにも自罰的になりがちなのだと気がついた。
ゆっくりと目を開けて改めて見ると、チョコボの雛につつかれたような顔をしている。
「命の……恩人? す、すまない、君の命を救ったことなどあっただろうか……」
必死に記憶を探っている様子のアルフィノの邪魔をしては悪いと思い、ニニシャはしばらくの間口をつぐんでいたが、アルフィノの目が永遠に白黒していそうに感じられたので、沈黙を破ることにした。
「砂の家が襲われ、アダマ・ランダマ教会に身を寄せていたわたしを、あなたが救ってくれました」
――こんなところで、帝国の影に怯えている場合ではないぞ。
強い口調でそう言った彼の言葉に、ニニシャは確かに命を救われたのだ。
「いや、しかしあれは……私はただ君たちを迎えに行っただけで……その後クルザスでも、何かしたかと言われると……」
「あなたは迎えに来てくれました。そして、わたしに……わたしとシドに、蛮神ガルーダの情報をもたらしてくれた。どこへ行けばいいかわからないわたしたちに、あなたは道を示してくれました」
「……道?」
「わたしには力しかありません。超える力、テンパードにならない力。蛮神がどこで生まれるのか、蛮族たちの居場所や計画……そういったものがわからなければ、蛮神を討つ道を見つけることはできません」
「……」
「わたしには、記憶も知識もありません。だから、いくら蛮神と戦えると言っても、賢人のみんなや、知識のある人に頼るしかありません。そして今も、わたしはあなたの知識に助けられて生きています」
困惑していたアルフィノの目が少しずつ見開かれていく。
「……とりとめのない話になってしまいましたが……なので、わたしはあなたを頼りにしています。これまでも、これからも」
「……ニニシャ」
うまく言えなくてすみません、とニニシャは結んだ。それから、火の大きさを確かめる。もう少ししたら、薪を入れた方が良いかもしれない。
「……ちょっと待ってくれ。記憶がない?」
アルフィノがニニシャの肩を掴んだ。
「はい」
「……ええと、いつから?」
「2年前より昔の記憶がありません。自分の名前は思い出せたのですが」
「初耳、なんだが……」
「初めて言いました」
「賢人の皆は……それを知っているのかい?」
「どうでしょうか。直接話したのはミンフィリアにだけです。ミンフィリアがみんなに共有していれば、みんなも知っているかもしれませんが」
「…………」
ニニシャには、アルフィノが何をそんなに驚いているのかわからない。今のアルフィノはいつもよりも表情豊かだと思いながら、くるくると変わる彼の顔を見ている。
「……暁の仲間たちが揃ったら、真っ先にそのことを皆に共有しよう。君のためには、それが必要不可欠だ」
アルフィノは腕を組み、ひとつ頷き、うん、そうしよう、と口に出した。彼の思考の速さにニニシャは追いつけないが、彼が新たな目標を見つけたのなら、それは喜ばしいことだと思う。
「長々とすまない。そろそろ休むことにするよ」
「こちらこそ話しすぎました。すみません」
「いや……君と話せて本当に良かった。よく眠れそうだ」
「……良かったです。おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
ほどなくして、アルフィノが再び眠りに落ちていったのを見届けてから、ニニシャは忍び足で焚き火に薪をくべた。
炎がばちりと跳ねて、燃え上がるのに合わせて目線をあげると、流星が一つ見えた。
【Ⅲ】いつかの未来に喜びを
知らないと言うことは、それだけで罪だ。
失われた記憶の向こうから、男とも女とも知れない声に呼びかけられ、ニニシャの薪を焚べる手が止まった。どこで聞いた言葉なのか、誰かに言われた言葉なのか、本で読んだ言葉なのか。何も思い出せない。
その言葉は、一理あるとは思う。罪かどうかはともかくとして、知らないという状態は、知っているという状態よりも遥かに分が悪い。知らなかっただけで済まされないトラブルは、いつでも足元に転がっている。
――自分がどれほど、無知で無力かも知らずにね。
――そう、私たちは無知だわ。
――俺だって、今になって無知を痛感している始末だからな。
そう言った三人の様子を思い出す。確かに、その感覚はニニシャにも覚えがある。もしかしなくとも、ここにいる中で……眠るモグタンも含め、一番無知なのは自分であるとニニシャは思っている。自分が無知であるがゆえに、できなかったことがきっとたくさんある。
ただ、なぜかその思いに、ひとかけらだけ違和感がある。それが何なのか、よくわからない。と、巡らせていた考えは途中で中断されることとなった。
背後から不自然な音がして、耳を澄ます。ドラゴン族が近づいているのかと思ったが、違う。鎧がかち合う音だ。焚き火とは少し離れたところで、鎧兜を身につけたまま休んでいる、ニニシャの兄弟子。もっと焚き火の近くで寝るようにとのアルフィノの提案が蹴られると、アルフィノは若干肩を落とし、イゼルは眉をしかめていた。
彼が音の発信源だと確信したニニシャは立ち上がり、息を潜めて近づく。小声で名前を呼ぶが、反応はない。鎧が不自然に動き、さらに耳をそばだてると、微かな呻き声が聞こえた。
魘されている――そう判断すると、即座にニニシャはエスティニアンの傍に寄り、地面を拳でこんこん、と叩いた。彼は跳ね起きたかと思うと、兜のバイザーを上げて周囲に注意を払う。彼が小柄な光の戦士を視界に入れるまで――殺気立った青い瞳が落ち着くまで、ニニシャはじっと待つ。
「……お前か」
「すみません。苦しそうだったので……起こしてしまいました」
「いや。……助かる」
バイザーを降ろすなりもういい戻れ、と言われたが、ニニシャはその場を離れなかった。あることに気がついたからだ。気づいたからには何もせずにはいられない。背中に巻き付けた鞄の中に手を入れ、目的のものを取り出して差し出す。
「これ。使ってください」
それは小さな布の袋だった。なんだこれは、と言いながらエスティニアンはその袋を指でつまみ、ランタンで照らし、注意深く観察した。ララフェル族の両手にぴったり収まるその袋は、エレゼン族の手にとっては小さすぎ、下手をすると壊しかねない。
「黒衣森で採れるハーブを乾燥させた匂い袋です。気持ちを落ち着けたり、不眠に使ったりします。気休め程度でも、無いよりはいいかと」
「……そうか」
「あと、これも」
そう言ってニニシャは厚手の皮の手拭いも差し出した。それは先程の匂い袋とは全く異なり、強い香りのハーブや薬品が混ざった独特のにおいを漂わせている。
「お人好しだな。今更だが」
「……少しでも。すっきりした気分で聖竜と会う方が、いいと思ったので」
ニニシャがそう言うと、彼は手拭いを受け取り手早く鎧を拭きはじめた。この手拭いは、血に特化した臭い消しだ。
なぜ、アルフィノたちと離れて休むことを選んだのか。見回りに出た際に、邪竜の眷属に襲われたのだろう、鎧に返り血を浴びてしまったからだ。あらかた血は落としてきたのだろうが、僅かでも血の臭いを纏わせたまま近づけば、アルフィノやイゼルの精神に負担をかけかねない。だから、距離を取って休むことを選んだのだ。そして、たまたま魘されているのに気づいたニニシャが近づいて、かすかに残った血の臭いを感じ取った。
ニニシャは誰にも言わないが、この兄弟子が何かを護ろうとするときに、自分をどこまでも消そうとすることを知っている。そうでなければ、育ての親である師を欺いてでも、皇都から竜の眼を持ち出し、自ら囮となるなどしない。そして、誰かからの礼や感謝など求めていないことも知っている。ついでに、余程気まずいと思っているのか師のもとに全く顔を出さず、師が溜息をついていることも。
そう思ったとき、雷波のようなものが頭の中で走り、抱えていたひとかけらの違和感が弾けた。
わたしは、無知であることを嘆くより、新たに知ることを喜びに変えたい。
冒険者になってから、ここまでの旅でたくさんの悲しみを、怒りを知ってきた。けれど、ニニシャが知ったのはそれだけではない。
グリダニアで飲んだマザー・ミューヌのハーブティーの味。リムサ・ロミンサの潮風のにおい。ウルダハの、ザナラーンの焼け焦げるような陽射し。クルザス中央高地に積もる質感のある雪と、西部高地に舞う粉雪の違い。大氷原の天に舞うオーロラ。繋がりしグナース族たちの拠点から立ち上る竜除けの煙が、濃霧によって光のように輝くこと。雲海から眺める空と星々の、あまりに澄んで美しいこと。
大規模な戦争を止めるための旅でそんなことを思うのはあまりに呑気だ。それでも、黒衣森に住んでいた頃には知ることができない喜びが、たくさんあったのだ。
だから、この旅で知ったことも、聖竜に会ってこれから知ることも。どんな残酷な現実であろうとも、いつか遠い未来に喜びに変えられたら。
と、そこまで考えてはっとした。鎧を拭く兄弟子の様子をいつまでもじろじろ見ているのも迷惑だろう。音を立てずにそっと立ち上がる。
「火の番に戻ります。匂い袋と布は、どちらも予備があるので差し上げます。処分に困ったら返してくれても構わないです。……では」
「待て」
「はい」
呼び止められるとは思っていなかったので、ニニシャは驚き固まってしまう。それを特に気に留めず、エスティニアンはニニシャの手を無造作に掴み、匂い袋を握らせた。
「こっちは返す。アルフィノの枕元に置いておけ」
言うと、腕を組んで大岩にもたれかかる。もう暫く休むつもりなのだろう。
託された匂い袋を握りしめると、心の中になにかあたたかいものが広がった気がする。
「承りました。かならず」
ニニシャは一礼し、焚火のそばに戻った。依頼の通り、アルフィノの枕元に――ハーブの香りが届く位置に匂い袋を置き、ずり落ちている布を肩までかけ直す。
がしゃりと音がして、兄弟子が兜を脱いだのがわかったが、後ろを振り返ることはしなかった。
もうすぐ、夜が明ける。
*
雲海キャンプシーンの幕間を勝手に書いたやつでした。
Ⅲの冒頭の言葉はFFTのミルウーダという女性の台詞で、彼女は南ザナラーンのFATEにも登場するのですが、台詞自体は14には出てくるんだっけ? って南ザナに行ってわざわざFATEやってきました。特に何もなかった。
読んでくださった方ありがとうございます!