LV51クエ「円形劇場の激闘」あたり
アルフィノくんとニャンさんと三人でクルザス西部高地を進んでいるときの話です
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さく、さく、と雪を踏みしめる音だけが耳に入る。
邪竜ニーズヘッグとその眷属が皇都を狙っているとの話を聞きつけた光の戦士は、仲間の少年と、兄弟子でもある蒼の竜騎士と、連れ立ってクルザス西部高地へ向かうことになった。奇妙な取り合わせ、と言われたりもしたが、三人の一致した目的は、皇都の防衛である。
異端者のねぐらを探り、凍れる円形劇場で戦いを止む無くされるなどあり、今は、聖フィネア連隊の露営地を目的地とし、ブラックアイアン・ブリッジの下を通り、凍った川を歩き、大氷原を西へ西へと進んでいる。
クルザス西部高地を訪れるのは二度目だが、ここまでの広大な氷原地帯は初めてだ。『雪の家』に潜伏している間に新調したブーツは、慣れない冬の大地でも滑らないように、転ばないようにと奮闘してくれている。イシュガルド入りする前の得物に替えて手にした銃も、流石のスカイスチール工房製と言うべきか、驚くほど寒さに全く負けずにいる。
睫毛が凍って目が開けられなくならないように、ニニシャは火属性のシャードを使って目元を暖めた。覚悟はしていたが、中央高地とは何もかもが違う。痛みをもたらすほどの寒さを強く意識してしまうと、瞬時に集中力が途切れそうだ。かといって、無理に意識しないようにしていては、自身の体調の異変にも鈍くなるだろう。聖フィネア連隊という独立部隊は、竜狩りの名誉を果たすために、このような過酷な土地に露営地を作って過ごしているという。まだ見てもいない勇士たちの、凄まじい意志の強さに感服し、はたと我に返って歩くことに集中する。
旅の仲間に言葉はない。この静寂に包まれた土地で大きな音をたてようものなら、崖の向こうに息を潜めているであろうポーラーベアーたちが興奮して襲いかかってくることは明白だ。お互いの身を侵さないよう、どちらも静かに雪と寒さをやり過ごす。
熊たちの息遣いが遠くに消えたころ、足音が変わった。先程までは雪の下に固い氷が広がっていたが、今は厚く積もった雪の下から草がわずかに姿を覗かせ、足に伝わる感覚も少し柔らかい。凍っているが、雪の下は土なのだ。この感覚が続くようであれば目的地は近いかもしれない。キャンプを張り、焚き火を起こしつづけているならば、その近くは大地が暖められているはずだ。
ぴたりと足を止める。後ろからついてくる仲間――アルフィノをふと案じたのだ。自分とて負担を感じるこの道で、彼が疲労していないはずがない。自分の見立てが正しければ、励ましの言葉ひとつでもかけることができよう。そう思い、ニニシャは振り返り、後方に向かって一歩を踏み出す。
「おい、そっちは」
しんがりを務めていたエスティニアンの兜が動き、彼がはっと顔を上げたのに気づいたときには、もう遅かった。
ずぼり、と足が雪にめり込む音、ぐらりと傾く身体、回る視界、咄嗟に受け身を取る。ぼふ、と音がして、きめ細かい雪がぶわりと舞った。
「あっ」
「ニニシャーッ!!」
頭から積もった雪に埋まり、左手と左足だけが雪から出た状態になってしまった英雄の姿を見て、アルフィノが心底驚いた声をあげたのが聞こえた。
固い大地のすぐ隣は柔らかく積もった雪の吹き溜まりで、その違いに気づかず、足を取られて転んで雪に埋もれてしまったわけである。
幸い、どこかを強く打ったり捻ったりはしていない。だが、この雪からどうやって脱出しようか、と考えた瞬間、首根っこを掴まれてニニシャは引っ張り上げられた。顔についた雪をどうにか落として目を開けると、自分を心配そうに見上げるアルフィノの顔が目に入った。
「だ、大丈夫かい!?」
「すみません。平気です」
「綺麗に頭から行ったな……」
言うなりエスティニアンはニニシャの首根っこを掴んだまま、もう片方の手で背中を乱雑にはたく。体と一緒に掘り起こされた雪がぼとぼとと落ちていく。慌てるアルフィノをよそに、おおかた雪をはらい終えると、何も言わずに首根っこを掴んだ手をぱっと離した。ニニシャが動じる様子一つ見せず難なく着地するのを見て、アルフィノはようやく胸を撫で下ろした様子だった。
「手間をかけました。戦闘中でなくて幸運でした」
「風の向きで吹き溜まりができる場も変わる。目と肌で覚えろ」
「……私たちでも足を取られるとまずいのに、君は全身埋まってしまうからね……」
体の小さいララフェル族にとっては特に、この深い吹き溜まりは死活問題だ。クルザスの地にはララフェル族はほとんどいない。それゆえ、ニニシャに向いた対策を授けられる者もいない。早いうちに意外な落とし穴を見つけられてよかった。そう思い、深い雪から助け出してくれた男の顔を見上げた。背の低いララフェル族の視界からは、兜のバイザーに隠れて同族には見にくいであろう彼の青い瞳がよく見える。
「あなたが一緒で良かったです。エスティニアン」
「目的地は近い。着いたら隙間に入った雪をしっかり融かしておけよ」
「はい」
頷くと、ニニシャは西の方角を向いた。それからアルフィノに向き直る。
「アルフィノも一緒に火に当たりましょう。お互い思った以上に疲労しているでしょうから」
「私は……いや。ああ、そうしよう」
西に向かって歩き出す。わずかばかりの雲の隙間から光が漏れている。それはもうすぐ西陽になるだろう。そして、その頃には雲の隙間はもうなくなっているはずだ。急がない理由はない、と足を早めた。だから、背後からの呟きを、ニニシャの耳は拾わなかった。
なるほど、あれが光の戦士か、と。
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自機ヒカセンがまだクルザス西部に慣れてない頃に、固い大地とふわふわの雪の境目を見間違えて雪にスモッ……て埋もれてババーン(キルミーベイベー)になるやつが見たかったので書きました。
かっこいい性格のララフェルがララフェルであるがゆえに見せざるを得ないかわいさが好きです。
読んでくださった方ありがとうございます!