LV50クエ「わだかまる雲霧」あたり
忘れられた騎士亭で働きだしたタタルさんの様子を見にきた自機の話です
タタルさんは自機のヒロイン
*
寒風が吹き付け、酒場の壁が大きな音を立てて揺れる。客たちは気に留めることもなくアルコールで口を潤し、ぼそぼそと囁き合っている。
階段を降りてくる小さな足音にこたえるように、木の床がきしむ。タタルは反射的に振り向いた。今では、そして自分たちが置かれた状況では、足音を聞けばすぐに誰かわかる。
「ニニシャさん!」
頭をすっぽりと覆うアイスブルーのフードに、ベルトとレースがあしらわれた同じくアイスブルーのコート。エレゼン族とヒューラン族がほとんどのこの街において、体の小さいララフェル族は良くも悪くも目立つ。
周囲の客が訝しむのも気にせず、タタルは優雅に手を振った。
「タタル。……その格好、どうしたんですか」
ニニシャはタタルの傍までやってくると、こてんと首を傾げた。
タタルはいつものピンクのタバードの上から、エプロンドレスを身につけている。その裾をつまんでにっこりと笑い、彼女はくるりとターンした。
「ジブリオンさんに頼んで、この酒場の給仕として、働かせてもらうことにしまっした」
「そうでしたか」
「情報収集と資金確保の一石二鳥でっす!」
両手を上げてぴょんぴょんと跳ねるタタルを見て、ニニシャはかすかな笑みを浮かべた。フードの飾りがしゃらんと音をたてる。
「危ない目に遭っていないかと思いましたが、安心しました」
「だいじょうぶでっす! みなさん、よくしてくれまっす」
「フォルタン伯爵のおかげですね。……感謝しないと」
「はいでっす!」
二人のララフェル族が話し合っていると、ことりと音がする。振り向くと、店主のジブリオンがカップをふたつ並べて、不敵な笑みを浮かべている。カップにはホットワインがなみなみと注がれており、湯気が誘うように舞い踊っている。二人は自然とカップに吸い寄せられ、飲みな、と言われるがまま、ホットワインに口をつける。
「あったかいでっす……」
「優しい味がします」
二人が同時にほう、と息をつくと、店主が吹き出した。
「ここを情報源として使おうなんざ、嬢ちゃんも肝が据わってやがる」
「伊達に修羅場をくぐり抜けてないのでっす!」
タタルが誇らしそうに胸を張る。
「まぁ、嬢ちゃん目当てに客も増えるだろうから、持ちつ持たれつ、やっていこうじゃないか」
「はいでっす!」
「タタルをよろしくお願いします」
タタルが朗らかに笑い、ニニシャはぺこりと頭を下げる。すると、タタルが不思議そうに首をひねった。
「……ニニシャさん、なんだかいつもと雰囲気が違いまっせんか?」
「……? いつも通りですよ」
*
ホットワインを飲み干すと、ほんのり頬を赤らめたタタルが尋ねた。
「ニニシャさん、そのフード、前見えるでっすか?」
「大丈夫です」
ニニシャが被っているフードは、眼帯のように片目が隠れている。彼女が顔を隠しているのは、ひとえに今追われる身であるからに他ならない。
「変ですか?」
「変じゃないでっすけど……私は赤い服を着ていた頃のニニシャさんがかっこよくて、好きでっした……」
かつてのニニシャは赤い帽子とコートを身にまとい、エオルゼア中を駆け回っていた。滅多に感情を表に出さない彼女が燃えあがる炎のような赤を身に纏っている姿は、まるで彼女の心の中にある炎を表しているようで、タタルはとても好ましく思っていた。
ニニシャが今の姿になったのは、ザナラーンからクルザスまで逃げてきて、キャンプ・ドラゴンヘッドの応接室、通称『雪の家』に潜伏しだしてすぐの頃だ。ある朝目覚めたら、ニニシャが全身アイスブルーになっていた。タタルは以前から彼女のことを『装備には気を使うが、服装には無頓着』と感じていたが、これまでの装備を誰にも何も言わず一新してしまったため、タタルは勿論、アルフィノでさえも目を丸くしたのをよく覚えている。
エオルゼアから追われる身になった今は、凍てつくような色で全身を固め、雪深いイシュガルドに身を隠している。雪が降ったら姿が見つけにくくなりそうだ。――いや、実際なったらしい。
ニニシャが装備を一新してから数日後、神意の地に棲まうドラゴン族が急に暴れ出し、キャンプ・ドラゴンヘッドへ迫る勢いで下ってきた。彼女は迷わず弓を取り、フォルタン家の騎兵たちに混じって獅子奮迅の活躍を見せた。が、掃討作戦を終えて帰還する時に、騎兵たちが誰一人としてニニシャの姿を見つけることができず、大騒ぎとなった。騎兵の一人がオルシュファンのもとに報告に来たところ、彼女は既に戻っており、激闘を繰り広げたのが嘘のようにのんびりとココアをすすっていた。追われている身のニニシャは早く雪の家に身を隠すべきと考え、騎士たちの間を何食わぬ顔ですり抜け、さらに「お疲れ様です」と声すらかけていたらしい。にもかかわらず、彼女がララフェル族だったがために、服も目立たない、体も小さい、背丈の差が大きい、の三つの条件が重なり、騎兵の誰にも声が届かなかったのだ。珍しく眉を八の字にして申し訳ないと謝罪し、次の瞬間には土下座したニニシャに、騎兵たちは逆に震え上がってしまったと言う。というのが、雪の家で一日待機していたタタルが後から聞いた話だ。
そんなことをタタルが思い出していると、不意に風でがたがたと建物がきしむ音がした。耳に入ったあまり気持ちのよくない音に顔を上げてから、ニニシャはつぶやく。
「……どこで、誰が見ているかわかりませんから」
タタルの眉が八の字になった。
エオルゼアの救済のため、ともに歩んできたはずの仲間に裏切られ、組織ぐるみで罠にかけられ、一国の女王を殺したと無実の罪を着せられたニニシャ。気丈に振る舞っているが、心の奥底にどんな思いを抱いているか、タタルにはわからない。
すると、店主ジブリオンが口を挟んだ。
「けどな嬢ちゃん、その格好はちと目立つぜ。……常連客には、余所者がここに踏み込むのを嫌う奴もいる。俺が悪いようにはしねえ、この店の中ではそいつは脱いでたほうがいいかもな」
「……そうですか。……では」
しばしの逡巡の後、ニニシャがフードに手をかける。
「……あ、ああああああ!!」
タタルが大声を張り上げた。ニニシャも店主も目を丸くする。
「ニニシャさん……髪が!!」
イシュガルドに初めて足を踏み入れたときは肩まであったニニシャのバターブロンドは、短く切りそろえられていた。
なぜ切ったかなど、聞かずともわかる。
タタルの目が泣き出しそうに潤んだ。
「どこで誰が見ているかわかりませんから」
「で、でも……!」
「すぐに伸びます」
ニニシャは脱いだフードをたたんでから、タタルを見つめる。
「この髪がもとの長さに戻るまでに、必ずわたしたちの潔白を示してみせます」
決意に満ちた瞳。それは、最初に出会った時からずっと変わらない。英雄と呼ばれる前からずっと、ニニシャの金色の瞳はまっすぐだった。
胸の奥がやわらかく締め付けられるのをタタルは感じた。三国では『堕ちた英雄』などと言う者もいるようだが、タタルの知る限り彼女が堕ちたことなど一度もない。
「……はいでっす」
タタルは胸を抑えて、精一杯微笑んだ。
「タタル、一緒にマーケットに行きませんか。色々入用になると思うので、品揃えを見ておきたいんです」
「……はいでっす!」
ニニシャがタタルの手を取った。タタルはその手を握り返す。
その瞬間、タタルは彼女のためにしたいことをふたつほど思いついた。今すぐには無理でも、いつかきっと必ず。あっという間に心が晴れ渡り、わくわくが胸の中で膨らんでいく。
二人のララフェル族の女性が並んで階段を登っていくのを、店主は何も言わず見守っていた。
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というわけで自機の断髪話でした
読んでくださった方はありがとうございます!